私は「運」という言葉が嫌いだ

2つのサイコロ

こんにちは。だっち~です。

タイトルにもあるように、私は「運」という言葉が嫌いです。

例えば、学校や職場で嫌いな人と一緒になったり大きなケガや病気をしたりしたら「運が悪かった」と考えるでしょう。

けれどもよく考えてみてください。

そういった出来事はすべて自分や他の誰かの「行動の結果」であることに気が付きます。

現象を全体的に俯瞰してみたら、実に多くの人の行動の結果が「今」であることが分かります。

実に神秘的ですよね。

それをたった一言「運が悪かった」と言ってしまうのは、ものすごく主観的というか、自分の視線からしか見れていないな~と感じます。

また、「人間万事塞翁が馬」という言葉があります。

この言葉通りだと思っていて、不幸だと思っていたことが、後々うれしいことにつながった、なんてことはよくあります。

つまり、出来事の是非、運の良し悪し、幸不幸などは出来事があってすぐにわかるものではない、ということ。

では、後になったら必ずわかるのか?そういうわけでもないですよね。

したがって、良かったか悪かったかは実はわからないもの。

全ては自分の解釈次第なんですね~。